遺留分侵害額請求をしたけれど無視されてしまった
遺留分侵害額請求とは、被相続人が「全ての遺産を長女に譲る」といった内容の遺言を残していた場合など、特定の相続人だけに有利な内容の遺産分配がなされた時、他の相続人は、その侵害額に相当する金銭の支払いをもって、遺留分を取り戻すことができる制度です。 遺留分は、一定の相続人が最低限もらえる相続の取り分のことです。 この遺留分は、遺言によっても奪えないものなので、遺留分侵害額請求に応じないことはできません。しかし、遺留分を請求しても、相手方に無視されてしまうケースもあるでしょう。そのようなときには、どう対処すればよいのでしょうか?
目次
相手が支払いに応じてくれない
今回は、遺留分侵害額請求をしたけれど無視されてしまった場合の時効について、請求に応じない相手に遺留分を支払わせる方法について解説します。なお、遺留分の請求については「遺留分減殺請求」という呼び名でご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、遺留分減殺請求は、民法改正(2019年7月1日施行)により、「遺留分侵害額請求」と呼ばれるようになりました。
遺留分侵害額請求に応じない場合は時効に注意しましょう
遺留分侵害額請求をしても相手が無視したとき、遺留分の時効は成立してしまうのでしょうか。
遺留分侵害額請求の消滅時効について
遺留分侵害額請求の時効は、①相続が開始したこと、②遺留分が侵害されていること(侵害されていたこと)を知った時から1年です。これを過ぎると、侵害された遺留分を請求するための権利が消滅します。
なお、消滅する時効は、①と②の両方を知ってから1年となります。ただし、1年の消滅時効については、遺留分侵害を請求される人が消滅時効を主張しなければ、時効を迎えた後も請求が可能となります。なお、相手方に遺留分侵害額請求をした時点で、遺留分侵害額請求の時効が止まります。
つまり、相続開始と遺留分侵害を知ってから1年以内に「遺留分侵害額請求を行います」と意思表示できれば問題ありません。
遺留分侵害額請求は、口頭などでも行うことができます。しかし、遺留分侵害額請求をした「証拠」を残しておかないと、後になって相手方から「時効が成立している」と主張され、争えなくなる可能性があります。そのため、遺留分侵害額請求をするときには、配達証明付内容証明郵便で遺留分侵害額請求書を送りましょう。
配達証明付内容証明郵便には、下記項目を記載します。
- 請求をする本人と相手方
- 請求の対象となる遺贈、贈与、遺言の内容
- 遺留分侵害額を請求する旨
- 請求の日時
【記載例】
XXXX年XX月XX日
甲野次郎殿
私は、甲野一郎(○年○月○日(相続発生年月日))の相続人ですが、貴殿が被相続人甲野一郎から令和5年8月18日付遺言書により遺贈を受けたことによって私の遺留分が侵害されていますので、遺留分侵害額の請求を致します。
通知人:神奈川県藤沢市△△〇〇 甲野太郎
被通知人:神奈川県茅ケ崎市○○×× 甲野次郎
遺留分侵害額請求の除斥期間について
遺留分侵害額請求権は、①相続が開始したこと、②遺留分を侵害するような遺贈や贈与などがあったことを遺留分権利者が知らなくても、相続が開始してから10年が経過すると消滅します。この期限は除斥(じょせき)期間と呼ばれます。 基本的には、除斥期間は止めることはできません。そのため、遺留分侵害額請求の権利があることを、相続が発生してから時間がたって知った場合は、相続開始から10年が経過する前に行いましょう。
遺留分侵害額請求を行使してから5年の時効
遺留分侵害額請求を行うと、遺留分侵害額を金銭で支払うように請求する「金銭支払請求権」が発生します。 この金銭支払請求権は、遺留分侵害額請求権とは別の権利として、原則5年で時効にかかってしまいます。 つまり、遺留分侵害額請求権を行使しても、その後5年間何もしなければ、金銭請求はできなくなってしまいますので注意しなければいけません。 なお、厳密にいえば、遺留分侵害額請求権を行使した時期によって時効期間が変わります。2020年4日1日施行の改正法で消滅時効のルールが変わりました。そのため、2020年3月31日以前に行使していれば10年、同年4月1日以降に行使していれば5年が時効となります。
遺留分侵害額請求の時期 | 金銭債権の消滅時効 |
---|---|
2020年4月1日以降に遺留分侵害額請求を行った場合(現法) | 債権者がその権利を行使することができることを知った時から5年または債権者がその権利を行使することができる時から10年 |
2020年3月31日以前に遺留分侵害額請求を行った場合(改正前民法) | 債権者が権利を行使することができる時から10年 |
そのため、やるべきこととしては、遺留分侵害額請求訴訟を提起し、判決が出ても相手が支払わない場合には、強制執行を行うのが有効といえます。
請求に応じない相手に遺留分を支払わせる方法
1.保全措置(相続財産の仮差押え)の手続きを行う
もし、相手が相続した財産を使い込んだりして財産が無くなってしまうと、遺留分侵害額請求をしても支払うことができず、回収は難しくなってしまいます。それを防ぐために、保全措置(相続財産の仮差押え)の手続きを検討したほうが良い場合もあります。
仮差押えとは、遺留分侵害額請求訴訟を行う前に、相手方の財産を仮に差し押さえる保全手続きのことです。保全措置をとることで不動産や債権、銀行口座を仮に差し押さえることができます。そうすることで、勝手に財産を処分したりできなくなるため、相手方からお金を回収できる可能性が高まります。また、仮差押えするためには、相手方がどのような相続財産を受け取っているか把握する必要があるため、相続財産調査も行わなければいけません。
相続財産調査は自分で行うにはかなり時間がかかるものなので、弁護士に依頼するのがおすすめです。
2. 遺留分侵害額請求調停の申立て
相手が遺留分侵害額請求に応じず無視している場合には、家庭裁判所で調停の申立てをすることになります。
調停では、家庭裁判所で2名の調停委員が遺留分請求者と侵害者との間に入り、話し合いを仲介します。
調停手続では、当事者双方から事情を聴いたり、必要に応じて資料等を提出してもらったりします。そうして事情をよく把握したうえで、相手側に返還義務があることが明確であれば遺留分侵害額請求に応じるように説得してくれたり、法律の定めについての説明をしてくれたり、解決のために必要な助言をしたりして、話合いを進めていきます。
申立先については、遺留分を請求する相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てます。
お互いに直接顔を合わさす必要がないため、冷静に対応でき、自分たちだけで話し合うより合意しやすいという点で調停はメリットがあるといえます。
遺留分減殺請求による物件返還請求について
ちなみに令和元年6月30日以前に被相続人が亡くなった場合には、遺留分侵害額の申立てはできません。 令和元年6月30日以前に遺留分を侵害された人は、遺留分侵害の限度で贈与又は遺贈された物件の返還を請求する遺留分減殺請求による物件返還請求等の調停の申立てをすることになります。 たとえば、令和元年6月30日以前の事案について調停が成立した場合には、不動産などの「物」で返すということになります。 調停で合意ができれば調停が成立して、家庭裁判所で調停調書が作成されます。 その後、相手から遺留分の返還を受けることができます。
3.遺留分侵害額請求訴訟を提起
調停でも合意できず不成立になってしまった場合には、遺留分侵害額請求訴訟を提起しなければなりません。つまり、裁判によって解決することになります。 調停の時とは異なり、家庭裁判所ではなく、被相続人の最後の所在地を管轄する地方裁判所か簡易裁判所に訴状を提出して裁判手続き行うことになります。 地方裁判所で行われるか簡易裁判所で行われるかは以下のように区別されます。 請求金額が140万円を超える場合は地方裁判所、140万円以下の場合は簡易裁判所で裁判を行うことになります。 ただし、請求金額が140万円以下の事件であっても、事案が複雑である場合には簡易裁判所から地方裁判所に移送される場合がありますので確認をする必要があります。 ここでお互いに和解をし、合意できれば訴訟が終了します。もし、合意できなければ判決となり、判決に不服があれば控訴もできます。
遺留分侵害額請求を無視されてしまったら弁護士に相談ください
遺留分侵害額請求をしたものの、相手が請求に応じる様子がない場合や、支払いを拒否する場合は、財産を不当に処分されてしまう前に弁護士に依頼することをおすすめします。
また、遺留分侵害額請求をきちんと行えば、時効は中断できますが、除斥期間の問題があります。そのため、請求を無視されているような場合には、早めに調停を申し立てて遺留分を支払ってもらいましょう。
もし、調停で解決することができずに訴訟になってしまった場合には、主張したい事実についての証拠を集めたりする必要がでてきます。
しかし、そのような証拠を集めることは、個人で行うのには困難な場合が多く、また、法律上の主張も難しいため、弁護士に依頼することで訴訟を有利に進めることができます。
弁護士法人シーライトでは、遺留分侵害額請求に関する問題についてのご相談を受け付けております。 お電話もしくは、お問い合わせページよりご連絡ください。
代表弁護士 阿部 貴之
神奈川県弁護士会所属。弁護士登録後、都内総合法律事務所、東京都庁労働局等を経て、平成27年に弁護士法人シーライトを開設。以来相続トラブルの相談実績は400件を超える。「依頼者の良き伴走者となるために」をモットーに、スタッフと共に事件解決へ向かって邁進中。好きな言葉は「二人三脚」「誠心誠意」。弁護士紹介